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真の自己紹介

自己紹介って嘘とはいわないまでもかなり控えめに誇張したという矛盾をはらんだ表現が適当なうっすい内容になりがちで、無理に色々盛り込もうとしては失敗したりするものだということを、最近のそれで思い出したりしたが、全部マジ、偽りなき真の自己紹介をしたらどうなるんだろうか。趣味はインターネットに足りない思考をさらけ出した文章を投下したり、普通の幼稚園児だったらぎりぎり作れないかな、というくらいの、体裁を無視した悪質な音楽を投下したり、たまに気が狂って粘土をこねたりすることですって。それも実はまれで、大半は生産性や人間性ゼロの怠惰な時間を過ごしてますって。これくらい言ったら、もう仕事の真とかは言わなくてもいいよねって、真も半ばにして、そんな気持ちになりました。そうなんですねぇ。

時計の針

結局今日もぼうっと過ごした。まあいいかなと思う。気持ちを気持ちとして片付けるのには慣れてきたし、それは一応それなりに何もなかったことのおかげなのかもしれないとも思う。まあそれも全然揺らいでいるのだが。やっぱりわからないな。そんなに明日もうまくやれるイメージはないし。なんらかの狂った行動をするのが好きだから、それをモチベーションに体を動かすことをやっぱり考えますよ。それはもう。そのくらいなら残っていてもおかしくはないと思うから。狂った楽しいことって何?それも思いつかないが。ものを捨てまくるとか?それはむしろ今が狂ったように持ちすぎなのだけれど。最終的には、狂っているのも面倒くさいと、まともなことをするようなイメージさえ期待している。愚か。愚かの海。思えばこんな風に足りない脳をそのままインターネットに晒していること自体、狂いだとは思うが、すっかり慣れて刺激にはならなくなってしまったようなところがある。今今日の予定を今一度見直してみたが、5項目どれもやっていなかったな。まあいいんです。冒頭に述べた通りです。そこで止めておけばいい。何でもいいんで、今は助かっているのだと。初めから終わった人間だから、今はましなのだと。そんなことは言っていなかったと思うが。瞬間瞬間、ふいに会社の人のことを思ってしまいます。それが狂えてない、気持ちを気持ちとして解釈できていないんだと、今一度自分は注意します。陶器を割っても、サラダをぶちまけても、今なんか雪崩が起きたことも、何も気にせずにいられているのと同じように、もう少し適用範囲を広げる必要がある。もう少し心を麻痺させたままいたい、というのはずっと思っているようなことですね?まあ全員ロボットなんで。あなたもわたしも。あくまでそのなかで、素晴らしいことをやるならやるでいいじゃないですか。でもそんな必要も何もないと、思っていたいんですよ。わざわざ書くのはまだ至れていないからですね。今一度、この文体のようにふわふわとしたところも改めて、至りに向かいたいと思っている。このインターネットも、他の世界と同じように、自分の頭のスポンジが吸い取った海の一部でしかないのだから、その世界をもう少し均一に、静かに保つことはしたいということ。やっていきましょう。

捻転A

朝。どうにもダメージは残っていたが、あらかじめ決めていた通り、いつものパン食ではなく、ごはんにおもむろにスタミナ1番をかけてこれを食する。スタミナ1番というのは、なめたけに大量の大蒜と唐辛子を添加したもので、昨日見つけて買ってきた、少々危ない感じの食品。実際、危ないよというようなメッセージが随所に添えられている。この食品を見たときに、そういえば在宅勤務の恩恵なのではと思い、さらにはこれを、なんでもいいから変革の一つとして利用できるのではと、朝からこれをメインに食う暴挙に出たというわけ。まあ、こんなことで暴挙なんて言っていたらまだぬるい、話にならない、というのが最近の自分の流行りからすると適当なところなのだが、元から大して良くない胃腸に朝からいきなり唐辛子なんて放り込んだものだから、あまり調子良くはならなかった。スタミナ!元気!というが、胃腸へのダメージとその元気の両方の作用でぎりぎり前者が買って、これらの食品でトータルで元気に、調子よくなったことなんてないんじゃないか、というような所感があった。味はうまい。今度から唐辛子抜いて食べようかな。

そんなこんなで転げまわりながら仕事をする。同じ言葉を何回も何回も続けても面白くはないので、これをその代わりとする。それでもまあ、昨日アップデートした思考によって、なんとなくすべてを受け流すような構えをとることができているような気はして、目下一番の問題だった夕方の会合でも、何もできないなりに、余計なことは発せずするりと存在することができていたと、少なくとも思い込むことはできている気がする。

それで。連休になった。果たして。ここでうまいこと精神を持っていけなかったら、いよいよなんじゃないかなあ、という気持ちも沸いて出たので、それは隠さずに痕跡は出しておく。なるべく意識は低く、でも楽しげに、とりあえず毎日外には出る、くらいの目標をとりあえずここでは掲げておこうかと思う。

 

改変

前回のことはうまくいかなかった。うまくいかなかったことにより精神に変調をきたした。変調をきたしたことにより変更をおこなうことになりました。

私思い出しました。全員がロボットだと考えるんです。考えるというか、そうなんです。そうとしか考えられないんです。入力に対して決まった出力を返すだけ。それ以外のことがどこにあるというのか。本当にわけのわからないことを言っている人間なんて見たことがない。ほら、全部想像の範疇でしかないと思いませんか?そういうつまらない奴らなんですよ。機械が動いているだけ。

これは自らにも適用して顧みなければなりません。もっとも、それが一番正しくて幸福なことなんで、何の問題もない。そうして初めて、問題がなくなるというものです。自分の思考のパターンが他と比較して狂っていて、そのせいで惨めな振る舞いをするのは、ひとえに、見えている変数が足りないか、その係数の大小がおかしいかのいずれかでしかないんですよ。とはいえ、それを自分で矯正できるかということも、現在の状態によるものでしかありません。ならばあきらめもつく、かどうかも、これも状態によりますね。ただ、すべてがその体系の上にあるものなら、解析して御する可能性が残されていることに、なんらかの希望を持つこともできるような気がするんです。ということで、今日のところは、自分の中に知らない幽霊がやってきて、それを成し遂げてくれることを望みます。それってどんな変数なんですか?

増補版

紹介できる紹介したいと思うような自己がまるまる枯れてなくなってるときに急にそこそこ長尺の自己紹介などが振ってきて困り果てていたが、適当に話を脚色してそれっぽくまとめる気力が一瞬だけ湧いて、それで一応なんか組めた。こういうこともだし、こういうのをいかにラリったまま一息で言えるかどうか、みたいなところが元気に生きるコツなような気がする。

途方に暮れそうなときはコストのことを考えて、不安が大きいときは上記のようにしていきたい。いきたいとかいっていて、ベつにこれを言っている最中も不安いっぱいで、なんの確信も得られていないのだけど。それでもこれもグラデーションの理論で、少しでも何か見えそうなところから、色をそのつど誤魔化して変わっていくしかないのかもしれない。ニャオス。

おはなし

昔見ていた好きなアニメを見ている。何回も見ていると思うのだけれど、多分かつては正直何も話を理解していなくて、今になってわかるようなことがたくさんある。単に、その続編を知っている状態だからというのもあるのだけれど。

ほんとつい最近までずっとそんな感じだったね、というのがいつまでも続いているような。どこかに自分の思考を閉じる回路があって、理解できていることなんて多分いつもほんの一握りなのだというようなことを思わされる。

・・・

消えかけの火。今の自分を見るにそんな言葉が浮かんできた。

まあいいんですよ。いいのか?昨日書いたみたいに、余計なことは忘れていきたい。そもそもなんかそんな火があったかということなんですよ。明日は新しい人間になる。一日一日、生まれたての状態でやっていくしかないんですよ。まあ無理矢理にそんなことを言ってみるのは、あれあれあれあれ、どんなあれなんでしたっけ。書きかけたことを忘れてしまった。まあそんなもんです。

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早起きして神社へ行けたら元気になるかな。どんなにいいかな。

単なる

大仰でないなら続けられる、なぜなら自然にあることができるから。まあ別にわけのわからないことも書いていいわけです。困るのなら見なければいい。まあ、何もないなら生きている意味がない気がするし、物理を伴わなないもの、見ようと思わなければ目に入ることもないものなのだったとしたら、何でも残したほうが後悔が少ないように思います。コストは意識する。

 

散歩に行った。アニメを見た。模様替えをして強制的に気分を改めた。何かを思い出して、その拍子にまたちゃんと動き出せるのではないか、というような期待を伴うような、そんな何かを思い出しそうな感覚がある。季節のせいか。それは余計な感情を忘れていけていることのようにも思える。そう、やはり何か、本当にその必要もない方向に気持ちがいくような、そんな感情の因子ばかりが集まって、悪さをしていたような。でもそれも、別にまるっと忘れてしまって構わないようなことのようにも感じられて。

忘れられるといいな、などと淡い期待を抱いています。