raingoesup

「」

2020.02.15

少なくともあともう少しは連続でいるべきなんだと思っての。

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作るのには魂が要って、とか言っても言わなくても、すぐに疲れてしまっている。苦痛には普通に押されている。朝も無理に起きようとしない。

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何が正しいとかではなく、とりあえず完成させること。完成させることが、の先、それ以降の言葉、概念も余計だと感じる。そこで止めておけ。「とりあえず」なのだから。

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あと少し。とりあえずこの期間を、同じようにして、意識を留め置いて、同じような幸せな形で作業を続けられたら、それが幸せ。その先はまた少し違った意識が必要になるかもしれないけれども、とりあえずここを一番幸せに過ごせるのは、そのやり方、その美意識になる。まあこれも完成させることより上のレベルの話か。完成させることが大切。

無題

朝起きてパスポートを取りに行く予定だったが、頭が痛く体が怠かったため起きれなかった。昼に起きて、外は晴れていた。家で作業することもできるけれど、籠っていると頭がおかしくなるから、学校へ行った。かなり暖かい。寒さを全く感じない。髪型を崩さないためと、いつもは防寒のために被っているフードが、今日はかなり不似合いだった。学校には人がいる。パスタを作り、エスプレッソを淹れていたようだった。自分はその場にいることなく、オリーブオイルを貸し出していた。サラダ巻とピザまんを食べた。

発表用の資料を作る。ネックになっていたストーリー面は一応まとまったつもりでいて、また良いフォントを見つけることができデザイン面も改善できる見通しが立っており、さらに悩んだ末スライドデザインの本も買って態勢は整ったつもりでいたのだが、作業はまだうまく進まなかった。すべて書き出したと思っていた筋書きには、自分の脳内補完による欠落があった。また自分しか知らない論理構造とデータを4:3に20ptだか24ptだかでフォーマットして収めていく作業は、仮に方針が決まっていたとしてもすぐに終わるものではない。頭も痛いし。

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追い込まれると当たり前のことがわからなくなる。今日だって、パスポートなんてまた後日取りに行ったところで何の問題もないのだけれど、それがわからなくて、起きれなかったことを残念に思ったり、あらゆる行動が遅くなったりした。

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作業は楽しい。楽しくなければ作業ではない。(そんなことはまったくない。)何が言いたいか、何をどうしたいかわからなくなったけれど。楽しいがためにこだわって狂って逆に追い込まれしんどくなり何も楽しくなくなりがちだ。そんなことではやはり全く幸福ではないので、真に幸福たるために、やはり完成させることが第一、くらいのモチベーションで臨むべきかなと思う。

2020.02.01!?

気持ちを落ち着ける必要がある。なぜなら落ち着かなくなる要因があり、落ち着かなくなると手につかないから。

まずは自分の中にうずまく一つの被害妄想めいた感情をどうにかしたい。

どうにも自分がやってきたことが上手く自分の成果として機能せず、自分が他人に施した(と思っている)ことによって他人が評価され、ついには自分が相対的に貶められるような気がしている。論文発表の場のイメージが浮かぶ。

これは単なる妄想であり、影も形もない。

妄想としてただ無視するという方向に加えて、仮にそうであっても、別にそれでよかったはず、というように思うという方向の解消策もある。

両方をうまく機能させることが望ましいけれど、どうにも後者をやっているとそれが真実のことのように思えてしまって、自分の想像と現実の境界をうまく定めることが自分にはどうも得意でないのだなと思う。

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とりあえずそれらは今本当にどうでもよくて、とりあえず完成させることが全てである。

それまで積み上げてきたものをゴミ同然に掃き捨てて何も残っていないような自分自身についてもふと思い出すが、それもどうでもよく、ただとりあえず完成させることが全てである。

それを掲げることによって、幸福であれることにも気付く。作業は人を悩みから解放して、幸福にする。無理矢理でも生み出された進捗で幸福になれる。

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ロジックが雑で、自分の研究のことを思い出させられるが、それがどうでもいいことだけは真理だと思うのでこれ以上語らない。

2020.01.31!

よく休んで云々というようなことを昨日書いた通りよく休んだら、幸か不幸かひらめきを得て、研究のクオリティ、というか整合性のようなものが少し回復する見込みが得られたが、反面やるべきこと、できることの幅が増えてしまった。少しいいものになるような気がしてしまうけれど、適度な距離感を保って、惑わされないように、完成させることだけを目的でいられるようにしないといけないと思う。また、この変化によって時間(帯)的・空間的制約から解放されることになったが、それによって意識のコントロールの変化が難しくもなっている。今までと違う動きをさせられる。まあやっていきましょう。

2020.01.30!

終バスで帰る日が続く。条件を手当たり次第変えて学習の様子をただ見守る(途中でかなり面倒で危険で不確かな作業が挟まりもするが)ような局面が多く、運良く上手くいくということもないため、明晰さは失われていく。

とりあえず完成させる、というので、とにかく明日はなんでもいいから形にしてみることを目標とする。というか、そうする。確定したら悩むことはない、しっかり休んだ上でできるだけ早く研究室に行って、必要な実験を実行し、その結果をまとめるだけ。

これだけの脳の動きがひとりでは確かにできないので書いている。まあ。明晰さが少しでも得られるのなら、なんだってする価値はある。

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隙間、わずかに立ち現れるコミュニケーションをやって、何かを思い出すような、忘れているような。昔よりは間違えてなくて、かつ実験的でいれていると思いたい。

2020.01.28!

研究でミスなどした。忘れていた自分の愚かさを思い出させられて、忘れていたことも愚かしく思えて堪らない。

とにかく完成させることが大切。研究の性質上、夜に行ったほうがよい部分があり、そのせいでどうしても不健康な傾向の動きを志向せざるを得ないのが気持ちが悪い。なぜなら健康が大好きだから。

とにかく完成させることが大切。不健康な中で締め切りに押されて、できる人もいるだろうが自分の場合はついにできなかったこともたくさんあるから、本当にやめたほうがいい。

やることを変えないことを考える。いつもと違う動きをさせられるからよくない。今までと同じ動き、同じペースで間に合うことは、ある程度確認されたことだから、それを実行する。

不健康さで明瞭度が下がるのも良くない。常に明晰に。やっていきましょう。