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「中高生のときやりたかったブログを今やる」

日記

つまらない何もない状態で人に会ったらどうなるかなと思っていたけれど、やっぱりとてもつまらなかった。何が求められているのかも、何をすれば楽しくなるのかもわからなかった。

帰ってから、なんとなくその文脈が見えてきた。正解かどうかは知らないけれど、少なくともこれをすれば楽しい。その近似解の出し方に人間性が現れる、表せばいいんじゃないかと思った。まあ、そういうことも忘れていたらしい。

どこに適応するかというので、随分と間違ったことを試みてきて、どこにも居れなくなってきたんだけれど、今からでも普遍性は獲得できるだろうか。まだひとりになろうという気はしない。

いやまあ、もっと本当は本音を言いたいのかもしれない。そうでなければ意味がないのかもしれない。普遍性はその期待を裏切りつまらない方向へばかり行くのかというとそうではなくて、そこをつまらなくしないための処置だ。まあ適当でも取り繕ってみるか。その方が楽しいから。

日記

明日は体制を立て直します。

 

昨日は散々で、思い返して今日との接続を考察するのもつらくてやってられません。今は未来のことしか考える余裕はなく、しかしそれだけであれば、焦ること不安を覚えることをやめにしようというある種無茶な方針さえまかり通るような状況だと思える。

いつもニュートラルに自分を見つめて評価を下すことができれば、過去にとらわれことも、存在しない他人を気にすることもない。

 

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時間がないという要因の他に、文章がつながらなくて書けないというのも、最近ブログを書いていないことに影響している。今だってよくわからない。

文の組み立てもままならないし、ヒントとなる文脈もない。思考はたまに何かをつかみかけるけれど、あと一歩のところで体系をなさない。

僕の人間性も同じようなもので、予期せず話しかけられたときなどは文脈が崩壊しているせいで何にも喋れない。

 

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だからそう今やろうとしていることと関係なく、もっと自分としての存在があってもいいんじゃないかと思っている。それがさっきの話のニュートラル云々の言いたかったところだ。

日記

完璧とは程遠い。妥協点にあと一歩で足りないところでいつも止まる。

重荷はひとつ降りたけれどそれでも寂しさが加算されて差し引きはマイナスである。言葉の符号が色々とおかしい気もするけれど、これが直感だ。そういう雑な感覚のまま過ごしている。考える時間はあまりないのだ。

今は妥協点に辿り着くための足掻きをやっている。並行して二つの物事に対して同じような足掻きをしている。ようやくようやく計画性というのを学んできた気もするけれど、実を結ぶ日はいつになるのか。

半身をドブにつけたままずっと生活していて、たまにもがいて沈まないようにしている感じだ。すっきりとドブから脱却する機会がもしかしたらあるのかもしれなくて、それがこの足掻きのうちの一つと関係している。そう、もう一つはそんなに重要じゃないんだけれど、こちらはあんまりないがしろにしていると全身がドブに浸かるような予感をさせる案件だから、また怖い。

日記

ぼうっとしてしまった。理由はある。いやしかしそれとは別に隔日でしかちゃんとできないという引力のほうに影響を受けた結果なのかもしれないが。

昨日と今日とそして明日は位相が異なる日だ。その代表となるのがそれぞれの日になってしまうとしたら、まともになろうかとも思うべきなのだろうけれど。

日記

今の気持ちを書くべきかどうか迷うところ。語りえぬものについては沈黙せねばならない。今はそれが関係あるかどうか。これもわからない。頭が回っていないのだと思います。そう、それをこのまま寝てしまっていいのかということを考えあぐねたりして、時間がないのも忘れてしまっているような。

今日はまあましな一日。隔日ならばなんとかやってくるが、こんなんじゃ追いつけないだろう。今はそれについての虚しさは微塵もかんじていないのだが。

語ることなく一生を終えることはないようにと、思えているときは調子が良いほうだと思う。しかしそこだけが重要なのではないから、そう思えていないときでも別に悪くはない。思いたいときに思いたいことを思っていたいのだ。それ自体にはなんの矛盾もなく滞りなくいってほしい。まあ、そこまで単純化したまま寝るわけでもないと述べたいので述べておくのだが。いささか適当すぎた。

日記

夜の大学は美しい。空気は昼間の熱をほんのりと残しつつも澄み渡っていて、雑踏の痕跡はない。しかるべき灯りは消えて、一方では点いて水面や舗装を照らす。

サークルか何かで創作行為なり何なりに勤しんでこの時間を迎えてみたかったという気持ちは当然のように湧いてくるが、今となっては割とどうでもいい。昨日のことがあってそういう気持ちになったのかもしれない。

 

バス停はまだ騒がしかった。運動部が帰るところのようだった。そこで地べたに座り込むのはちょっとどうかと思う。今日は閉館前に図書館へ寄った都合上この時間になったが、今度はもう少し遅らそうと思う。

日記

朝から出口を塞がれて精神攻撃を受けたのでまるっきり駄目だった。

暑い中無駄足を踏んで決定的に崩れた。

 

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やさしさを諦めるだけならこれは人生の中で必要なことだったしよかったけれど、同時に色々と重なったせいで感情自体が死んでしまった。