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「中高生のときやりたかったブログを今やる」

やさしくなければ

やさしくなければ生きる権利はない。

 

 

思考の収拾がつかなくなって一週間以上経つ。考えれば考えるほど気持ちが荒れてくる。なので本質から遠ざかった場所で思考をめぐらせてどうにかできないかと、文章を書いたりしている。けれど何をしていてもマイナスに落ちていくか今の問題に意識が吸い寄せられるかのどちらかになる。

 

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ささくれ立って、多分少し前の自分よりやさしくない。どうしても気を荒立ててしまう。

 

 

何かを人に言うことが苦手で、それを怒気をこめてというのはもってのほかだ。その態度がとても嫌いというのもあるけれど、それができるほど頭が良くないからというのが主たる理由な気がする。怒っている人をなだめることも、できないしない。

日記

見つけてもらえていないのでまだここに書く。そう、今日良いと思ったのは新聞のコラムの表記だ。▼こういう表記で段落を区切っている。きれいに文字が押し込まれていて、適度な長さ読みやすさ美しさのバランスがとれたスタイルだ。さっきの▼(さんかく)の記号は本来縦書きの中で使われているものなので、今のこれは少し意味合いがずれて果たせなくなっている。そんな都合もあって、縦書きのコンパクトな文章を綴って並べられるホームページがちょっと作りたくなったという話。▼まあこんな中途半端な区切りで区切れるほど、自分の書く内容はまとまりのとれたものでは当然なく、当然この表記もまもなく廃止される運命にあるのだが、ものは試しなので続ける。▼『バタフライ・エフェクト』を見た。見たきっかけは9mmの曲だったからかシュタゲやなんやかでその現象を知っていたか、誰かが勧めていたような気がしていたからだったか、いくつも要因はありすぎて逆によくわからなかったけれど、とにかくそれで見ようと思っていたのだ。▼それはどうでもいいとして。見た感想はまあ、自分がすげーと思っていたものがまあ古典の焼き直しだったのかという、先週『ターミネーター』を見て湧き出た意識と同じものがまず一つ。これについてはあまり語る気はない。▼もういくつかの感想の前に少しだけ話を整理してみると、そう、こういう風に日記を書く男の話だったといえますね。結局なに、日記に書いたときの意識を辿ればそこからやり直せると、そういう解釈でいいはず。本当はタイムパラドックスでも検証すればいいのかもしれないけれど、そんな気力もない。いや、この続きを書く気力もない。▼頭を使いたいといいながら、途中までやっておきながら、肝心のところは何もしない。それは何、生きているつもりなのか。

日記

落ち着いて計画を立てて、数時間後にはそのずさんさに吐き気がしたり。相変わらず僕は同じようなことばかり繰り返していた。

 

 

安全講習を受けた。始まる前の世間話という感じで「君たちは皆就職決まったの?」と聞かれて、他の人の影に隠れて曖昧にうなずいた。たまたま知り合いがいて「決まったの?笑」と小さく言ってくれたおかげで、いくらか気丈でいられた。

愛想よくきく。人の相性もあるが今日は自然に笑って相槌を打っていられたように思う。知らないけど。

 

 

吐き気をごまかしてゆっくりと過ごした。

駅で花火が散っていたようだけれど、時計草は無事だろうか。

 

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凛として時雨は『just A moment』から方向性が変わって、『still a Sigure virgin?』はあんまり、『i'mperfect』はまあ前作よりは好きかなという所感だったけれど、昨日今日あたりは『still a Sigure virgin?』をヘビロテしてる。特に5曲目以降。

まず『a symmetry』は思いきりハードコアなサビとその前後のミステリアスで切なくダンサブルなパートのコントラストが美しい。『eF』はアコギのストロークが非常に綺麗に録られてて、これだけでもう飽きない。やさしい。『Can you kill a secret?』はもともと苦手だった。爆速でUFOが飛び去るような曲。脳みそとテンションが追いついたので評価が変わったらしい。『replica』は同じくハードコアだけれどもう少しわかりやすくて昔から好きだった。『illusion is mine』は最高の透明感。

 

音圧もあるし、大学で耳を塞ぎたいときにもちょうど良い。ただエネルギッシュなだけでは事足りなくなってきて、異型の切なさと偏執的なこだわりを持った音を欲していたんだろう。

日記

行間が広いので前回の書き方は向かない気がした。

 

今日も全身が凝り固まっていて何もする気になれなかったので映画を見た。とても良かったけれど、感情移入していた自分は今はもうどこか遠くへ行ってしまっている。自分はいつも焦点がずれていて、下らないことばかりに悩んでいるから、映画にはならない。歌詞ではときたまに見かけることがあって、それを追いかけることもあるけれど、同調以上のものはない。

何に悩んでいるのか。持てる時間を中途半端に使い込んで、モラトリアムを十分な開放感のもとに感じることすらなかった。今はっきりと転換すれば、そこへは行けるような気がしている。いや、していない。ひたすらに先の見えない夏だ。どっちへ転んだって、うまくやっていける気などしていないのだ。なら、ひたすら別の場所を探して、そこへ何かの弾みで跳び移りたいという考えも間違っていなかったということになるが、それに幾度も躓いたので見えない。そこでまた別の引力が生まれて、動けなくなってしまった。

これと同じようなことを難度書いたかわからないな。同じことばかり言う奴はつまらない。じゃあ新しく出会ったものの話をすると、数日前、線路沿いのフェンスにトケイソウが生えているのを見た。いきなり奇妙なものが視界に飛び込んできて驚いたけれど、心当たりがあったので検索したらやっぱりそうだった。そこから少し歩いたところに花束が手向けられていた。よく知らない僕にはそれらが同じような存在に思えた。

日記

心配事のいくつかはどうにか消化することができた

また明日から別の心配事を消化していくことになる

 

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数日前に深酒をしてから背中、特に肩甲骨の下あたりが痛く

頭痛と肩こりが常にあった

 

室内で冷房を浴びたり、窓からこぼれてくる生暖かい風を浴びているばかりでは

ひたすら肩がこり息がつまっていく

 

外へ出ることにした

雨がぱらついてきたの自転車ではなく徒歩で

徒歩10分ほどの公園を目指すことにした

 

着いた

見晴らしの良い、芝生の広場と丘を主体にした公園だ

 

トレーニング用の台に座る

幾度となく得体の知れないものの汗を浴びては雨に流れたあとなのかどうかは

実際にこれを使っている人を見たことの無い僕にはわからなかった

 

やはり頭が痛い

意識もなんとなく薄い感じがする

台の上であぐらをかくと少し和らいだ

 

絵を描いた

 

何度かブログでやっているような半自動書記を試みたりもしたが

ペンを持つ手は早く正確に動かないので捗らなかった

 

親子連れの大きいほうと目が合った

何を怪しい動きでノートに書き込んでいるんだ

 

夕飯を買って帰った

 

 

部屋のレイアウトを変えた

本棚によってつくられた壁によって閉塞的になっていた問題を解消できた

動きにくいレイアウトになっていると、それだけで身体が歪み、肩がこるのだ


漫画が読みたくなったので、panpanyaの『枕魚』を読んだ

日記ページの、句点を使わない書き方が気になって

真似してブログを書いてみた

日記

つまらない何もない状態で人に会ったらどうなるかなと思っていたけれど、やっぱりとてもつまらなかった。何が求められているのかも、何をすれば楽しくなるのかもわからなかった。

帰ってから、なんとなくその文脈が見えてきた。正解かどうかは知らないけれど、少なくともこれをすれば楽しい。その近似解の出し方に人間性が現れる、表せばいいんじゃないかと思った。まあ、そういうことも忘れていたらしい。

どこに適応するかというので、随分と間違ったことを試みてきて、どこにも居れなくなってきたんだけれど、今からでも普遍性は獲得できるだろうか。まだひとりになろうという気はしない。

いやまあ、もっと本当は本音を言いたいのかもしれない。そうでなければ意味がないのかもしれない。普遍性はその期待を裏切りつまらない方向へばかり行くのかというとそうではなくて、そこをつまらなくしないための処置だ。まあ適当でも取り繕ってみるか。その方が楽しいから。

日記

明日は体制を立て直します。

 

昨日は散々で、思い返して今日との接続を考察するのもつらくてやってられません。今は未来のことしか考える余裕はなく、しかしそれだけであれば、焦ること不安を覚えることをやめにしようというある種無茶な方針さえまかり通るような状況だと思える。

いつもニュートラルに自分を見つめて評価を下すことができれば、過去にとらわれことも、存在しない他人を気にすることもない。

 

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時間がないという要因の他に、文章がつながらなくて書けないというのも、最近ブログを書いていないことに影響している。今だってよくわからない。

文の組み立てもままならないし、ヒントとなる文脈もない。思考はたまに何かをつかみかけるけれど、あと一歩のところで体系をなさない。

僕の人間性も同じようなもので、予期せず話しかけられたときなどは文脈が崩壊しているせいで何にも喋れない。

 

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だからそう今やろうとしていることと関係なく、もっと自分としての存在があってもいいんじゃないかと思っている。それがさっきの話のニュートラル云々の言いたかったところだ。