raingoesup

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taki

昨日は、街の光が当たる場所で自分はやはり異分子で、変な奴は来ないでくれと言われているは、光のわずかな、隙間みたいな場所を探して、でもやはり街で生きてみたいというような話だった。記事が消えてしまってわからない。大事な大事な記事が。

今日は比較的元気だった。久々の部屋で久々の人と話して、久々の作業をして、久々の感じを味わった。うん、これは自分が整うには適切な仕事だ、と金曜から始まることを今になって知って、おっかないながらもモチベーションと安定の予定を確認できて、良かった。研究は、思考停止してシミュレーションを回すような感覚の場面がややあったが、結果的には進んでいるので良い。

最低限なすべきことをできれば見失わずに、。またやっていきましょう。

arika

今日は一日倒れていた。会社に、別に必要のないものを書くように言われて、自分が動けないこととか、いいライブがあるらしいことを知っても、馴染めなかったらと思い行くのをためらっていることとか、そういうのが面倒で何もする気が起きなくなる。夕方、日が完全に落ちる前にどこかへ出ようと思ったが、無理だった。外でぼんやり読書をしたりすることさえ、マンネリで意味のないことに思えた。そんなことはないのだが。たった半日ちょっと家に籠ることで、既に意識の引力が生じる。出てしまえば、本当になんでもないことなのに。なんでもなくないこともあるが。

夜11時に散歩に出る。普段煙草を全く吸わない父に何故かゴールデンバットを買っておいてほしいと頼まれていたので、最寄のセブンで買う162番。半年前くらいに買ったアメスピをその前でふかす。辛くなっているけれども、パッケージの紙は残っていて、本体もたくさん残っている。何番だったかはもう忘れた人で。

いつもの道を歩く。このコースだと大体5000歩くらいになる。途中で飲み物が欲しくなって、デカビタ買う。音楽を聴いて歩いたら久々に結構浸れて、整った。

あじさい組

街に馴染まなかった。見ているとつらくなる。

いつのまにかまた、普通になろうとしていたけれども当然なることはなく、時間の無駄だった。狂った人間なりに生きるんじゃなかったのか。いや、ここにきて価値が動いていて、それによって自分の感覚が変わってしまった。普通を知ってしまった。

わけのわからない隣人として、なんとなく付き合っていかなければならなかったものを、価値のわからなかった隣の芝が青く見えるようになってしまって。

本を読む。新しい価値観を入力することが何かしら自分の足しになることは信じて疑わなかったが、なんのことはない、読む気にもならなかった時と同じ疎外感と、なまじっかわかるようになってしまったまでにより一層の断絶を見るだけだった。だけではないけれど。

きちんと消化、などしなくてもいいから、ちょっとでも今から起こる人との関わりや自分の行動の中で、その経験がアンテナになるようなことが起これば、幸せなことだ。

summerend

9時前起床。健康診断の予約の電話をする。電話をする必要はなかった。学費の振り込みをしようと思ったがいつもの場所に印鑑が筆箱に入っていなかった。印鑑を探す。なくてもできるけれど、とりあえず探すためにも学校へ行った。いるというような話を聞いていたけれど、誰もいなかった。後輩が2人来て、お土産を開封して食べた。無駄足やら水没やら色々あって、印鑑も見つからなかったけれど、それなりに研究は進んだのでよし。帰ったら新しいパソコンが届いていた。楽しいですね。問題はない。やることをやって、面白いことをする。

ひら

9時に起きて、11時半ごろには学校に現れることになる。やや遅いが気にしない。発表用にグラフの画像とプログラム、出力のテキストファイルの3点を用意する。冷やし中華を食べようと思っていたけれど売っていなくて、台湾まぜそばを食べる。思ったより大変なことにはならなかった。大変なことというのは、勝手な想像だ。ゼミでは、後輩の日本語を正す、日本語正(にほんごただし)になる。本当はもう少し言いたいこともあったが、いつもそういうとき言うべきなのを、その感覚を忘れがちだ。先生の感情の機微を察し、とっさに議論から身を引く、ひく人になった。機微を察しているというのは、勝手な想像。自分の発表はまずまず。パワポがなくても、適切に道具使って順序立てて説明することができるようになってきている、いればいいな。すべては勝手な想像で、所詮人間は肉団子に布が貼り付いているだけだ。

のり

noteを書いている人に影響を受けて書いてみる。noteを書けばいいのか?

9時に起きたけど10時半に起きて、結局出たのは12時くらい。人の研究手伝ってわかんないねと言ったり、控えめの音楽の話をしたりした。「元気が有り余っている」と嘘か本当かよくわからないことを言って、8時まで残って自分の研究も進める。いいんか?ここにいる限り、比重は狂っていないと思うけれど、わからない。そこまで信用もできない。けれどやっぱりそういう距離感を確認することも大切で、その上で、ちゃんとやりたいこと、やるべきことをこなすために、自分のこだわりを持って、時間を引き延ばすのがいいと思った。無駄じゃないと思おうとして、思っている。

夜は歩く。何が正しいのかはわからないまま、やっぱり確かめようとしている。

日に日に浅くなっていっている気がする。言い訳や説明もせず、まかり通ってしまうままに任せてしまう。

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無駄な後悔は捨て去る。これに尽きる。

少しでも今年やその先、使う可能性があったのだし、無いことで不自由を感じて足取りがおぼつかなくなるような可能性もあったのだから、十分過ぎる余裕があった状況下で、自分の判断・行動はなんら悪くないと思う。終了。

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少しバイトの頻度が高くなっていたが、全然良い。目の前の人間のために、精一杯やれている。器用さを上げていく。悪いかもしれないが、うまく生きれるようになることに躊躇しない。

最近は行き返りの時間に物件の情報を眺めている。割とちょうどいい。いつ住むのかな。いつかと同じように、何も無い見通しの中で、変な夢を見ている?まあいい。実行に移さないにしても、今はこれによって少し生活が良くなっているのだから。

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マウスが動かなくて、家にあったあほみたいに小さいマウスを使っている。腹が不安定。明日の楽しみを考える必要がある。いつでも。