raingoesup

「中高生のときやりたかったブログを今やる」

日記

釈明もできない愚かさにまみれながら起きたら血塗れだった。地獄のようだと思っていたけれど、彼はそれから数時間後に救われたらしい。

 

これきりにしようといつも思うのだけれど、愚かさは終わらない。最低限工夫は必要になるだろう。

あとの要素になる忍耐はいらないところで使ってしまっている。

 

======

今はそれほどでもない。まあ徹夜をしたにもかかわらずタスクが達成できなかったり_が暴れていたりというだけだ。日中はそれなりに前向きに調べ物をしたりパソコンを組み立てたりしていた。

寝不足によっていくらか心が軽くなり、研究室でもニヤニヤしながら過ごせていた。いつもこれぐらいにしておくのがちょうど良いかもとも思ったが、鬱に転じてしまったときが怖いので難しい。

日記 

先週と同じかそれよりひどい。うかうかしていると何も喋れなくなりますよ。

======

朝。いくらか和やかな雰囲気だけれども予想外のトピックについて話しかけられて正常な受け答えがややままならなかった。昼は研究室で先輩とコミュニケーションをとれた。父が朝怒っていたから帰るのが億劫だったけれど、それなりに機嫌を直していた。小さいのどごし生ともらってきた柿の種をあげた。寝た。

 

自分がうすくなる感覚に脱力したのを覚えている。今はそれも忘れてべとべとした液体状の身体で夢をみていた。自由度の高さにあきれかえっていたけれど、それは能動的な自由度の話であって、こうなってしまえばポテンシャルに沿ってに流れていくだけだった。

隣には翅のあるけれど飛んだところの見たことの無い虫。似たもの同士が流れ集まってきているらしい。「ちょうど最近は人間皆虫のようだと思っていたところだ。」って話しかけたけど無視された。話をきいたりしないのだ。僕を食べようというものは今のところそうそう見かけない。せいぜい一方的に鬱陶しいとか思っていたぐらいだ。心の再帰レベルを変更してしまうのが良いらしい。消えた。

日記

重み付けがうまくできない。

 

毎日知恵熱出すことは大切だと思う。それだけが目的になりうる。賢くなるためじゃなかったとしたら何なのだという日々を送っている。だとしたら今の重みは正しい?

人生は階層構造。教師信号が送られるのは短期的なタスクが多い。脳みそも階層構造になっていないといけないんだけれども、それをうまくイメージできない、つまりは多分追いついていない。かしこくなりたい。

日記

もういい時間ですが、風呂から出てすぐは寝れないのであら熱をとっているところです。

 

======

学校へ行く途中で知り合いに会ったので喋った。

バスの利用者は多いものの、この時間は何故か車内が比較的静かである。けれど喋っていた。いつもと空間が違っていた。自分からみて。

 

======

嫌いな人間がいなかったので快適だった。空間が違っていた。絶対的に。

 

======

空間が違うことで幸福度や快適度などかなり変わってくることを感じ、空間が変わる要因についても複数を短時間にみることができた。

日記

土日はだめなので頭の悪い女性が喋りながらゲームをしているのをずっと見ていた。途中で頭が悪いのがだるくなってやめた。

======

ゲームにはいろいろな楽しみ方があって、必ずしも最適化をする必要はない。どちらかというと僕も最適化に追われるのがだるくてやらなくなったような人間だ。こういう人間には家で一人で妄想しながら難度の低いRPGとかをやっているのが向いていると思う。見ていた動画もこういう趣旨のものだ。

======

ブログにもいろいろな楽しみ方があってそれを色々模索しているというのが現状なのだが、やっぱり頭が悪いのが露呈して不快感を与えてしまったりしたらなんとなく自分が不快なので、たまに渋ってしまう。

======

不快を感じるのは冒涜と思うからだろうか。無意識的にせよ意識的にせよ。つまりはこのブログでいうと健康な若い人間が妄言を垂れて燻っていることが許されることではないとか。だとしたら多分それは悪い癖のように思う。

======

日記

 定期的に語ることも枯れ果てたようになるのは仕方の無いことだろうか。それでも誰でも会話を続ける。そうしないと生きていけないのが大半だからだ。そういうものだ。

 会話を続ける。仮に気に入らなくても減るものではない。それが事実でないにしろ、そうおいておくことが精神的には都合よく、その思い込みによって事実になりうるからそうする。

 文章を続ける。いくら稚拙であっても人間として生きていることをなにかしら強めておくためのもがきとして。

 続けられなかったので数字を残した。