raingoesup

「中高生のときやりたかったブログを今やる」

半オートマティスム

日曜日も駄目なので音楽を聴きながら文章を書くとどのような状態になっているのかというのを明らかにしようと思う。日曜日も駄目なので、からは順接に適さない文章だった。それで何か。今はグッバイというのをきいた。女の人の声だった。全く文章が音楽に追いついていないので必然的に情報は薄くなる。情報は?情報だったか?まあいい。今はギターのカッティングがさらにガチャっというカセットラジカセの音で区切られており、あとは鳥の囀りと、youとかいっている。今度は男。チルな感じかと思ったらなにか知らない、乗り物のようなうねりのある音。けれどそれはすぐ消えたらしい。ふぅーん!へぇ!みたいなイントネーションでふーぅ、ぅうと言っている。また曲が変わった。これは何だ。レア社みたいなゲップが時折混じっているけれど、ギターベースドラム。語彙力が無くて表せないけれど、今は少しトロピカル。と思ったらまたゲップ。水の音も聞こえる。ギターの音の虚ろさ?いや単に遠さや小ささといったほうがいいか。フェードアウト時にボーカルがうっすら聞こえるというのもあるね、そういえば。今は、これは24/7 Lofi hip hop radioというのを聴いていて、裏のタブではジブリ的なガールが勉強をしていて、時折こちらの胸元あたりを虚ろに見詰めてくるという映像が無限ループしている。僕はこれをフルスクリーンにして勉強したりするそれなりに気持ちの悪い趣味があったりするのだが、それよりは昨日やったように家の前で虫にまみれながらのほうがよっぽど効率いいし、なんとなく風情があるね。いや、こちももう少し工夫すれば、うまく没入できるのではと思っているあたり、救いがないといえる。このような像はなんなのか?そういっている間にまたフェードアウト。僕の貧弱な語彙では、またあまり馴染みのないジャンルというのもあいまって、語ることがなくなってきて、晴れてこの文章も終わりとなるはずだ。この試みは自分の知っている人?いや、知っている人。インターネットでそこそこ活躍している人がやっていることの真似なんだ。なんだけれども、を途中で区切ったらチャージマン研のナレータの人のようになった。いや、そうではなくて、このように白状をするのは、なるべく月並みな表現を避けて、読者に役立つ情報を流すべきだという考えからだ。月並みな文章を語ることは本当に無駄だし、つまらないと感じる。これも再帰構造なわけだが。誤用のセーフティネットを張ることもまた月並みであるので、そこから一つだけ階層を深くしたもので代用した。音楽が止まる瞬間に思考も止まる。それを思い出すのは、やはり文章がなければ、さっき考えていたことが保存されているという保障はどこにもないのだ。さっきの文はおかしい。ようやくエディタの最終行(見えている範囲で)かそこらかというところに辿り着いた。今少しエンターキーを押してネタバレをしてしまったけれど、ここでエディタが変化する。スクロールバーが出現するというのは予想通りであったけれど、それと同時になぜかこの空欄自体も微妙にずれたように見える。何の都合でそうなっているんでしょうね。これはもうどちらかというとタイピング練習みたいなものに近くなってきていることに気付いた。この文章は多分読み返すだけ時間の無駄だろう。思考のおおよそ4割くらいは保存されている気がする。今の記述によって自分の脳みそがいかに小さいかということが、客観的に伝わるのではなかろうか。けれども僕はいまいちみなさんの脳の大きさというのを具体性を持って感じられたことがない。こういうことはできるだけ明らかにしていったほうがいいと思います。紫外線。紫外線の殺菌の話はタブが今見えたというだけで、したくありません。したくありませんといえばそこにしたくない理由が内包されるので少し脳が膨らみますね。本当かな?逆に不要な問題提起をしてしまうと、着眼点がそこにしかないのかということになりますね。予想外の問題提起をすることで、大きくなるということはあるんじゃないでしょうか。卑しい発想ですが、僕はそういうところに惹かれるんです。自分もそうでありたいと思うのは当然じゃないですか?ジングルベルがきこえますね。その足音とともに終わるみたいなことを一回やってみたかったんですよ。急な話の転換をすると脳がついていかなくて、足元の留守のような文章になるんですね。~ね。うーうーうーというのにおっさんのどこかで聞いたような声が重なっている、というのに気付いた時点で僕はジングルベルを失いました。ジングルベルってなんだっけ。聞こえねえよ!!いまは少し思考に嘘をついた。そうでもしなければこんな、意図しない短文なんて書けません。意図しない汚い?言葉を吐いたら不快な人間像が浮かんできたのでちょっとまた思考を偽る必要がでてきたかもしれません。いや、それよりも確実に語りたいことができました。ラッパの音がすばらしいのです。と思ったらラップが始まってしまいました。ヤンキーは嫌いなんです・・・。そうさっきの話もそんなようなものなのです。語りたくないと思った対象はね。さらにそれらとヤンキーとの違いも考えてしまったりしたから余計に面倒です。これをやめるべきかな?フェードアウトもさすがに見飽きましたよね。これはあなたへの配慮です。伝わったかな、そちら視点での文章ということ。ここまで読めは確実に伝わるので、伝わったかなというのはいらない一言でした。そういうのは暴力だ。嫌いです。止まりました。時計でも置いていれば、その空白を定式化できるかもしれないのだけれど、今は生憎。アイムソーリーといった後に音が大きくなったから、それはつまりことわりをいれたということ?いやそれだとエクスキューズミーじゃないですか?それとも音量の上がるのが、やった作業に対して遅れて立ち上がるとかでしょうか。それだとしてもその時制はどうなのという感じですよね。ピアノの音がきれいです。語ることもなかったらそろそろ終わることにしましょう。

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