raingoesup

「中高生のときやりたかったブログを今やる」

うまくできない

縛り付けるほうが多かったか。今日浴びていたのはもう知っていて飽きてしまったものだった。それには自分の失敗も含まれている。抱えなければこの種の失敗をすることもないというのは言い訳か。それに悩まされることに何の意味があるのか。

土日にやろうと思っていたことは6割くらいは片付いた。体調が悪かったこと、問題を抱えてしまったことを思えば仕方が無い。

明日は授業がある。今季は月曜の一限に一コマだけ。おそらく少人数であることが予想されていて、発言機会もあるかもしれないけれど、今までの内容を忘れていて困ることがないだろうかという不安が一つ。もう一つは、これも少人数であり、受講者に特定の条件が付されていることからメンバーもだいたい限られてくるということから来る、それが誰なのか、それとコミュニケーションとろうかという不安が一つ。

前者については今からでも遅くないから講義ノートを出してきて明日の授業開始までにぱらぱら眺めるだけでもある程度軽減されるように思う。後者については、あいさつをするような間柄の者がいれば適当にしておけばそれでいいという合格ラインを設けておく。が、話の内容はあんまり読めないし、進路についてはあまり答えようもなくて答えたくないという気持ちがある。身勝手な不安だ。

昔から決められないし行動の説明もままならないから、サイコパスになって適当に答える自分を許していかないと、リズムが保てない。そうする。