raingoesup

「中高生のときやりたかったブログを今やる」

目覚め

結局あまり眠れなかったが、学校へ行った。

人は少ない。あまり喋ったことのない後輩と結構(当社比)喋った。まあ普通に話を振ってくれることは人間でいられている気がしてすごくありがたい。

大学に来た人たちにも話をした。敵っぽい人たちが少なかったこともあってか、大きな失敗は無かった。怖くない人なら全然来てくれて構わない。

 

時折ふらっと現れる先生との距離感、関わり方、喋り方は依然よくわからなかった。まあたまに喋りかけてきている雰囲気のときだけ反応すれば問題ないのかな。いい人だと思うだけに、ちゃんとできないと悲しいんだけれど。

明日来れなくなった同期の代わりを、後輩の誰かがすることになっていたが、本当は修士の中でやってもらったほうがよかったんだけどねえ、という話になったので「明日なら自分来れると思うんですが」と言って、引き受けた。

割と面倒だけれど、まあこういうところでちゃんとして見えない点数が稼げるのなら良いと思った。社会性芽生えたか......?『もしかしてコミュ障かも?という人のための気くばりのコツ大全』とか読んでおいてよかったね。『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』もです。(読んだ順番としては後者が先。)

 

最近は(自己啓発や)ライフハック的な本を買っている。買って、いつでも手が届く、見える場所において、度々眺めていて、これの効果は結構大きい。読んだところで、とか、わざわざ買ってまで、と昔は自然な流れで馬鹿にしていたのだが、今はとても救われている。

こんだけどうしようもないゴミを積み重ねることをしてだめに染まっているように見えて、自分は多分もともとなんもない、ゼロに近いところが結構あるから、影響を受けるようになればかなり受けるほうなんだろうと思う。良い影響にしろ悪い影響にしろ。昔だと、ツイッターの病んでる人とか、暗すぎる歌詞の曲とか、割とそういうものに頼り自分を保ちつつも、それに必要以上に毒されてしまっていた部分も結構あるんだろうなと思っている。毒されたというのは表現が悪いかもしれない。自分が変な解釈をしてよくわからないところに勝手に落ちていただけなので。

このブログも誰かに影響を与えているのか?僕は基本、同じような人とか、もう少しましな人とかに、あぁこんなの居るじゃん、自分だけじゃない、自分のほうがましだなとか思って安心してもらえればいいのかなぐらいのモチベーションでやっている。

まあないとは思うんですが、多少の毒気というか(毒舌みたいな意味ではなく)よくない気も多分に入ってしまっていると思うので、変な影響は受けないでもらいたい。

 

話がそれて、自分が今日正常に近くて(そう思い込んでいるだけかもしれない)調子に乗っているのか、普段なら書かない、読んでいる本のこととか正直に書いてしまった。寝不足だからなあ。躁鬱の気は出るだろ。