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raingoesup

「中高生のときやりたかったブログを今やる」

わかげ

久しぶりに会う旧友に「友達がなかなかできない」とか話してみようかと思っている

 

来週の水曜が無理だったら「まあ紅葉でもいいしまた行こう」と言ってみようかと思っている

あの二人は性格の相性としてどうなんだろうかというので誘うのをためらって時間が過ぎている。夏は終わっていこうとしていて、僕は正直状態がよくないけど、それでも悪あがきしてみるべきかなあ。

 

明後日予定があることをよく忘れている。暗い気持ちになっているとよくいろんなことを忘れるし余裕も無いから大切な機会を逃していくのかな。

 

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人と話さないから自分の精神年齢が安定しなくて、それに応じて呟きとブログの文体も変わってしまう。思想は人格の上に成り立つのかそれとも逆だろうか。僕にはどっちもなくて常識もないから顎がかみ合わないような不定形であり不完全な違和感だけを抱いて日々ただ生きている。持ってもいないうちから常識を捨てて世の中の固定観念をすべてないものにしてしまって、善悪の区別も幸福の定義もなくしてしまって、自分からそうしておきながら「わけがわからない」とか口走っているような人間を人はどう思うのかな。ただのきちがい、それともやっぱり若気の至りか。

痛いものは痛いはずだし悲しいものは悲しいのだけど絶対量が比較的少なくて変化率に乏しいからわずかな反応を増幅して人格作用を形作る、そういうことをしているから幸福の定義が幸福のうちにいながらよくわからなくなるんだろう。そう、若気の至りだ。