raingoesup

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非日常や壊れた状態から復帰して日常にピントが合ってきたが、慣れてくると人は敏感になるものですね。これは一般論と逆の言い回しに結果的になったが、そういうことは往々にしてあると思う。具体的には、またいつものように、教授とのやりとりの中に違和感を感じ取ったり、自分の不足に気付いたりということだ。そう、ある種慣れて敏感になったほうがいい。慣れてないのはわからないから。慣れて、人としての機微を感じ取れるようになろうよ。ただ過敏になるのは精神を病み結果的にもよくなくなるのでいけませんし、慣れすぎるのも染まり狂って後から困るんでだめですけど。なんだこの並列?

具体的な対策を考える。①今日は説明するときスクリーンを見ていて教授のほうを見るのがおろそかになっていた。これは今日の内容がはじめは既出のものだったから、その段階では理解を確認しながら進める必要がないと感じてそうなったことだが、よくない。やはり一方的になってしまうのはよくない。段階を踏んでちゃんとコメントをもらえるようにしないと。②喋りがおぼつかなかった。今日業務で生徒に説明したときも日本語が不自由で、同じような内容のことを、意味を通った文章にするために何度も言い直すという粗末なことをやっていた。どうしようね。ちゃんとした構文が自然に出るようにしないといけない。会話をさぼらないようにするとか?本読むとか?そういえばこのところまとまった文章を読めていないかなあ。日本語が不自由だとみかけの知性が絶望的に下がるので、なんとかしたいねえ。対策終わり。