raingoesup

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2020.12.27

行くところといえば、図書館くらいしかない。調べたら年内最終日だというのでしけているな、と思いつつも、残り何冊借りられるのかを調べて、欲しいものリストの本を検索して、どう使うのかいまいち把握していないお気に入りというのに突っ込んでから、家を飛び出した。今日は先週より少しだけ早く出たので、まだ併設のカフェが空いていた。コーヒー買った。持ち歩きは少し不便なところがあったが、持ち歩きながら、本を見繕って拾っていく。どんな本でも、家で読むよりも図書館や書店で眺めたほうが、何倍も鮮明に飛び込んで来ようとする。家に持ち帰ってその落差に気付かされる。まあなんでも。空虚な年末が少しでも思考を回す時間に置き換わればいいと思っている。

そう、このところかなりこたえてしまって、また鮮明さを、明晰さを失っている。何を思って生きるべきなのか、全く明らかでなく、惰性と少しの不安だけを燃料に、ただ動かない身体を動かしている。金曜日はちょっとした不手際でひどくMPを削られてしまった。こんなこと真に受けていたら、いけないのに。

それでどうしたらいいんだっけ。図書館、技術書のコーナーで大学生くらいの者をみかけた。貸出のときにも自分の前にいて、機械設計系の本や人工知能の本をたくさん借りていたのを見た。とてもいい感じですね。そんな風になりたかった。ならなかったんだっけ。まあ、足りていなかったろうな。どんな形で、どんな気持ちでそれをどのくらい吸収しているのかは知らないけれど、きっとそれは良いことだよ。楽しもうとしていることが十分に伝わってくる。何になろうとして、何を目的にしているのかは、自分からはあまり想像がつかない。きっと、そういうところで、自分はそうはなれなかったんだろうなあ。他の本の貸し出し処理は済んでいたので、手続きを終え大量の本を鞄につめている彼の横で、「完全SIer脱出マニュアル」という本を1冊だけ借りる自分。まあなんでもいいのだけど、生まれたからには、少しでも彼のような気持ちを忘れずに生きられたらなあ、と思った。ありがとう。自分は結構危ないおっさんかもしれない。でも本当、人間の知能に追いつけず、何もわからずただ健常なものを憎みながら死んだ目で読めない本の背表紙を眺めていた状態においては、少しでも前向きな気持ちを持っていた頃のことを思い出せたなら、そのくらいのありがとうは出る。

とりあえずは、もう今は口を持たない彼を神としておけば、明日くらいはのりきれそうな気がするので、そのような宗教を持つことも考えさせてもらう。逮捕されないように気を付けよう。

・・・

はて、乗り切れるだろうか。前向きな気持ちも本当に軸として持てたならよいのだけれど、どうにも完全に感情をオフにするほうが早いような気もする。それも無理なのだが。いや、こういうことを考えるのは無駄なことだよ。実装のこととか、神の周辺の科学のこととかを考えて回していくしかない。いや、何を言っているのか分からないが。