raingoesup

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2023/05/06

かろうじてまだ空が黒くない時間に家を出て歩き出した。神社の森。このところ桜のモチーフを意識することが多かったから、それとこの森を対比してみた時に、その背の低さに人工的なものを感じた。どんな気持ちだったっけ。色々思うところがあった気がするが、今はもう思い出せない。駅のホームにいるうちにあたりが暗くなってくる。電車に乗って隣駅で降りて散策した。アルプラザの中に新しくLOFTができたようだったので、その看板を遠めに見て吸い寄せられるようにやってきたら、どうやら他にもいろいろ改装されていて、なんというかかつての洗練されていない地元の空気感はなくなっているように思えた。洗練されていないがゆえに与えられた息苦しさ、かつて自分がその場で感じたようなものが、今の人々は感じなくてよくなっているのだろうか。たくさん設けられた座席を見てそのように感じたり。自分の感じていたものなんて全部幻覚なので、それはどうでもいいとして。ちょっとでもみんなが良くなってくれたら俺も嬉しい。本当か?今の家族は昔の家族よりも洗練されたものを受容する。だけれどもその幸せに甲乙つけられるようなものではないだろうなと思う。母の日のキャンペーンを告げるアナウンスが流れていたが、そこには商売気よりももっと純粋な良くしたい気持ちを珍しく感じた。なんでもないことに、眩しいような感じがした。長い時間をかけて、けれども確実に街は変わっていく。変わっていない自分自身を安易に投影することができる。ただまあ、みじめな記憶も多かったから、それが変質してくれるのであれば、それは良いことのように思えた。幻覚の話とそうでないものを混ぜないほうがいいとも思うが、そういう混同した実感が正しいものに思えた。混合した実感を正しく言語化することができたら救われそうだが、できないらしく、その尻尾を追いかけて、間の抜けた言葉を綴るのみである。

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帰ってきて、サクラノ刻をやり終えた。作品の感想を正しく述べることができたらよかったけれどもそのような能力はなく、またツイッターで「よかった」と言うのみだった。人に見せるわけでなくとも、正しい解釈ができていないにしろ、せめて自分が感じた気持ちをつなぎとめておくための言語化ができたらと思った。

BLACK SHEEP TOWNのときは一気にやり終えたのと全体ボリューム、テーマもそれほど複雑なものではなかったから、その感想が自分の中ではある程度言語化された状態で普通にとどめられている気がしている。そのレベルにはしたいところ。

まああまり気負っても実感が遠のいてしまう気がする。この前フェスに行った時のように。ちょっとずつできればなあ。感想を読むところがあってもいい。できるだけちゃんとそれぞれ頭を使って向き合って、人間になりたい。

何の話か分からなくなってきたけれども、そんなところ。今日本屋に行って考えていたこともそういう祈りだったかな?何の話?

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連休最終日。一日雨の予報。気負い過ぎず状態を整える行動をやっていきたいところ。